「まあ、武(たけ)さん、いいお武家におなりだねえ」
さもさも懐かしそうな女のことばだった。それは、伊吹山のよもぎ造り――後には娘の朱実(あけみ)を囮(おとり)に、京都で遊び茶屋をしていた、あの後家のお甲であった。
「どうして、こんな所にいるのですか」
「……それを訊かれると恥ずかしいが」
「では、そこに仆れているのは……あなたの良人か」
「おまえも知っておいでだろう。元、吉岡の道場にいた、祇園(ぎおん)藤次の成れの果てですよ」
「あっ、では吉岡門の祇園藤次が……」
唖然(あぜん)としたまま、武蔵は、後のことばも出なかった。
師家の傾く前に、藤次は、道場の普請(ふしん)にと集めた金を持って、お甲と駈落ちしてしまい、侍にあるまじき卑劣者と――当時京都で悪い噂を立てられたものだった。
武蔵も、小耳にはさんでいる。その成れの果てがこの姿か――と、他人(ひと)の身の末とはいえ、淋しくならずにいられなかった。
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